漱石は大正3年4月、朝日新聞に「こころ」の連載をはじめる

 

 私はその人を常に先生と呼んでいた。だから此所でもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚る遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」と云いたくなる。筆を執っても心持は同じ事である。余所々々しい頭文字などはとても使う気にならない。

 

漱石の透徹した精神が洞察した近代の苦悩は、現代でも苦悩である。

私の持つ苦悩は、現代特有の苦悩であり人類の最先端をいく苦悩であるのだ、などと傲ってみれば、100年以上も昔にすでに私以上に苦悩した人間がいる。なんと心強いことだろうか。そして私は恥ずかしさでこそばゆい思いをしながら、私自身の狭窄した精神を笑う。

笑いながら、くのうくのうと繰り返せば、苦悩もそれはどたいしたものではないように思えてくる。

くのうといえば、久能山。

徳川家康は静岡県にある久能山東照宮に葬られているらしい。

一度お参りに行ってみたいものだ。

 

なむなむ

 

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